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もし○○が△△だったら××だったスレッドPart1

1 :代打名無し@実況は野球ch板で:2014/01/10(金) 23:41:51.59 ID:uqFuWbr20
プロ野球上の史実が変わっていたら、その後の影響を予想しあうスレッドです。

(例)
巨人:1988年の吉村の怪我がなかったら、広沢は獲得せず、高橋は内野手スタートだった。
阪神:1997年に清原が阪神に入っていたら、チームの輪が乱れ、暗黒時代が10年延びた。
広島:1995年に前田が無理して出場していなかったら、今頃、金本並の老害だった。
中日:2010年にアライバコンバートをしていなかったら、井端は中日の監督になっていた。
横浜:2011年にリクシルに譲渡していたら、内川・村田が残留して2013年にAクラス入りしていた。
ヤクルト:2013年にバレンティンがホームラン54本で終えていたら巨額オファーで巨人入りしていた。

2 :代打名無し@実況は野球ch板で:2014/01/10(金) 23:59:22.97 ID:LtJh7wAnO
よくわかんないけど2

3 :代打名無し@実況は野球ch板で:2014/01/11(土) 00:00:55.88 ID:aXy0MwdH0
もし野村克也が南海電鉄に飛び込んでしまっていたら、その後福本豊が通算1200〜1300盗塁くらい達成してそう

4 :代打名無し@実況は野球ch板で:2014/01/11(土) 00:52:38.84 ID:I9L9u1Hz0
例をもとに始めるか。

1988年の吉村の怪我がなかったら
→1989年の原の外野コンバートはなくなっていた
→1995年に広沢の獲得を検討したがポジションがないので破談に
→1997年に獲得した清原は34歳のPL先輩の4番吉村の威光で大人しくチームに貢献
→1998年に獲得した高橋由は外野にポジションがないため大学時代に経験したサードで出場
→1999年の高橋由のダイビング鎖骨骨折はなくなり、より大選手に。
→2000年の江藤獲得、2002年のペタジーニ獲得、2004年の小久保獲得はなし。
→2002年に松井と同時に吉村が39歳で引退。
→2012年に小笠原の衰えた後のファーストに高橋由がコンバート、サードに村田が入る。
→2013年はロペスが居ず、外野に外国人が入った以外は、ほぼ現在の形となる。

5 :代打名無し@実況は野球ch板で:2014/01/11(土) 13:29:40.05 ID:PB72JMOtO
>>4
ちょっと違うかな

1988年の吉村の怪我がなかったら
→1989年の原の外野コンバートはなくなっていた
→1992年に入団した松井はサードで長期育成計画に
→1995年に広沢を獲得
→1997年に獲得した清原は34歳のPL先輩の4番吉村の威光で大人しくチームに貢献
→1998年に獲得した高橋由は外野で出場
→2000年の江藤獲得、2004年の小久保獲得、2007年の小笠原獲得はなし。
→2004年に松井と同時に吉村が41歳で引退。
→松井はメジャーで外野にコンバートされる
→2005年にサードとしてシーツ獲得
→2005年の阪神の優勝はなし
→2008年には新井を獲得
→2008年は阪神が優勝する
→2012年に衰えた新井のファーストに高橋由がコンバート、サードに村田が入る。
> →2013年はロペスが居ず、外野に外国人が入った以外は、ほぼ現在の形となる。

6 :代打名無し@実況は野球ch板で:2014/01/11(土) 13:40:42.12 ID:PB72JMOtO
もし2006年オフ黒田が広島に残留せずにメジャーに移籍していたら
→2007年オフの新井の移籍はなくなる
→2008年のルイス加入がなくなり、マエケンは高卒一年目から投げまくる
→2009年の赤星の引退により、2010年から赤松が阪神のセンターに
→マートンのいない阪神は第二次暗黒期に
→2013年の大竹移籍はなくなる

7 :代打名無し@実況は野球ch板で:2014/01/12(日) 02:02:58.96 ID:Rc7NHUcU0
1995年初頭に計画されていた原のセカンドコンバートが実施されていたら
→守備範囲は狭いが範囲内はそこそこ守る2013年度版森野みたいな選手となる
→そこそこ打っていたサードハウエルが突然の帰国
→セカンドで出場を続けていて試合勘ができていた原はそのままサードに戻る
→一塁11試合、二塁56試合、三塁45試合出場でギリギリ規定打席を満たす
→打撃成績.287 15本 62打点で現役続行
→マント・ルイス・カステヤーノ・ダンカンの獲得はなかった
→1998年に吉村(35歳)と一緒に引退セレモニーを開いてもらう。

8 :代打名無し@実況は野球ch板で:2014/01/12(日) 03:34:02.05 ID:OUlTuGV0O
もし大谷がドラ2で巨人入りしていたら
→1年に10人の投手、10年に1人の野手の評判
→当然野手となる
→セカンド中心、たまに外野を守る
→2番で起用され、規定打席にはやや足りなかったが.261 7本 15盗塁 25犠打
→井端は獲得したが、片岡は獲得せず
→浅村はファーストで育てられたため、メジャー流出を回避できた

9 :代打名無し@実況は野球ch板で:2014/01/12(日) 04:07:36.53 ID:VbsA9hmn0
もし長嶋が当初の予定通り南海に入っていれば
→川上の選手寿命は3年延びた
→杉浦は400勝投手
→野村は早々に退団
→王は投手として阪神入り
→村山はライバル求めて西鉄入り
→両雄並び立たずで稲尾は大毎に世紀のトレード
→かっぱえびせん山内はライオンズで後年掛布を指導
→田淵ライオンズから阪神に移籍
→・・・・・・・・・・・・・・・
→そもそも昭和の野球ブームはなかった

10 :代打名無し@実況は野球ch板で:2014/01/12(日) 23:03:57.47 ID:T9YSHVd7O
もし新庄が引退せずにグラブを変えていたら
→坪井は再契約せず日本ハムを退団していた
→陽仲壽(岱鋼)の外野転向はなし
→稲葉の一塁転向は早まっていた
→中田の外野転向はなし
→小谷野が内野も外野もする万能選手に
→2011年に新庄が引退
→よって森本の移籍はなし
→糸井はライト→センターに
→2012年オフの糸井のトレードはなし
→2013年オフに糸井はメジャーへ

2013年オーダー
(遊)陽
(二)西川
(中)糸井
(三)中田
(指)アブレイユ
(一)稲葉
(左)森本
(右)大谷
(捕)鶴岡

11 :代打名無し@実況は野球ch板で:2014/01/15(水) 00:09:31.69 ID:ydylUehX0
桑田がダイビング故障後に野手転向していたら
→1996年にセカンドのレギュラーを奪取(成績:.294 7本 40打点 12盗塁 22犠打)
→仁志はサードのまま使われ、ルイス・カステヤーノ・ダンカンの獲得はなかった
→川相が衰えた後は2番セカンドで2003年までレギュラーに。
→江藤の獲得はなかった。
→2004年、小久保の獲得で仁志とのポジション争いをするが勝ち取る
→2005年は小久保ファースト、仁志サードで、清原がオリックスへ。
→その後は桑田も衰えを見せ始めたが、桑田塾で薫陶を受けていた二岡がセカンドへ
→2008年に坂本・二岡の二遊間となり桑田は1000安打・100勝を達成し引退

12 :代打名無し@実況は野球ch板で:2014/01/16(木) 03:21:31.13 ID:QwbGpY280
>>4>>5
1988年の吉村の怪我がなかったら
→1989年の原の外野コンバートはなくなっていた
→1990年中畑引退で吉村が一塁に転向(肩を痛めており、高校時代のポジションに)

→1992年に入団した松井はサードで長期育成計画
→1994年は4番吉村が居るので落合獲得はなく、松井が成長して原からサードのポジションを奪う
→1995年広沢の獲得もなし
→1997〜2000年の間に清原がFA移籍して衰えの見える吉村の後釜に。江藤は入団せず。
→2003年MLB移籍の松井に代わりサードは中村ノリが加入、ペタジーニは入団せず。吉村引退(もっと早いかも)
→吉村引退でタガの外れた清原とノリがさんざん引っ掻き回しチームはグチャグチャで原退陣。
→2004年小久保加入もカオスは治まらず。堀内は清原と刺し違え。
→2006年原復帰も不振継続。4年契約切れのノリは追放(02オフに実際に4年契約を提示してた)
→2007年小笠原らを獲得し、現在に繋がる。

13 :代打名無し@実況は野球ch板で:2014/01/16(木) 18:32:55.29 ID:kvThJDWqO
もしAJが妻への暴行をきっかけに楽天入りの話がなくなっていたら
→球団が決まらないAJはWBCに出場せず
→オランダ代表は一次で敗退
→バレンティンが開幕に出遅れることはなくホームラン数は増えていた
→楽天はマギーが4番に
→マーくんの24連勝もなく3敗くらいはしていた
→楽天の優勝はなし
→巨人が2年連続日本一に

14 :代打名無し@実況は野球ch板で:2014/01/28(火) 23:22:33.56 ID:L6NaSFET0
もし巨人がボウカーではなくラヘアを獲得していたら



去年のボウカーと似たような成績で解雇されるだけで特段の影響なしw

15 :代打名無し@実況は野球ch板で:2014/02/02(日) 09:33:53.34 ID:4W1EwRVe0
二岡智宏が山本モナと不倫しなかった場合を巨人番記者が推測
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140130-00000014-pseven-spo

俺の予想
2008 二軍落ちして既に坂本がポジションを獲得していたためショートには戻れず。
同時に李承ヨプがダメになっていたため、サード二岡・ファースト小笠原が基本線になった。但し故障もあるので200打席程度。
.279 1→.270 5(現実の数値→推測の数値)

2009 一三塁をスン・小笠原でいくので、二岡はセカンドの練習を始める。しかし、セカンドは守れることには守れたが、
二岡のタイプには合っていないため、結局、イマイチだったスンが外れる試合は2008と同じ形になる日も少なくはなかった。
.253 4→.261 11

2010 高橋のファーストコンバートやエドガーの加入があった年。二岡がいてもこれらの方針に変化はなく、
高橋・エドガー・スンヨプ・谷あたりの併用要員の1人として内野3ポジションを守る。
.262 7→274. 4

2011 小笠原劣化とライアルのダメっぷりで内野がガラ空き。大田や円谷、田中などが入っていたほどで
あったので、当然ここに二岡がいれば常時どこかで使われる力はあった。350打席を打ち、この年が二岡の延命につながった。
.282 3→277 16

2012 村田加入も一・二塁の選手層の薄さは相変わらず。年齢もあり、セカンドはだんだんきつくなってきたが、
ファーストで重用される。打席数は220程度だったが守備に負担の少ないポジションで良い活躍をした。
.353 2→.321 7

2013 恐らく二岡がいても試合数を埋められないため、ロペス加入はそのまま行われたはずである。
セカンド出場は15試合程度にとどまり、あとはロペスの故障時に出場、普段は代打の切り札の役回りとなった。
.071 0→267 3

2014 井端・片岡の加入もあり、一軍二軍のエレベータをしながら代打の切り札を務めた。
巨人二岡の存在により歴史が変化したのは、代打・石井の出番が少なくなり、ロッテ移籍があったこと程度である。
なお、この年をもって38歳で引退した。
引退→.233 1

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